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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)192号 判決 1964年5月21日

原告

ユニバーサルトランプ株式会社

右代表者代表取締役

井上寿太

右訴訟代理人弁理士

田中勝治

被告

特許庁長官

佐藤滋

右指定代理人通商産業事務官

渡辺正道

網野誠

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求及び答弁の趣旨

原告は、「昭和三五年抗告審判第一、八六九号事件につき、特許庁が昭和三六年一一月一七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求の原因

一、原告は、「麻雀紙牌」の文字を右に横書してなり、旧類別(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号商標法施行規則一五条所定)第六五類かるたその他本類に属する商品を指定商品とする商標につき、昭和三四年一月二四日特許庁に登録出願をしたところ(同年商標登録願第一、七八三号)、昭和三五年五月三一日拒絶査定を受けたので同年七月八日抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、八六九号)、特許庁は昭和三六年一一月一七日次記二の如き理由により、右請求は成り立たない旨の審決をなし、原告は同月二八日審決書謄本の送達を受けた。

二、右審決の理由の要旨は次のとおりである。

思うに「麻雀」なるものは骨材又は合成樹脂等に諸種の彫刻を施し裏に竹片を接合した「牌」と称するものを用いる室内遊戯の一種で現在は「カード」(紙牌)を使用しこれを行なうこともあるものである。してみれば本願商標は、その指定商品との関係よりこれをみれば世人をして麻雀遊戯に使用するトランプのカードと同じ様な紙牌を直感せしめるに過ぎないと謂うを経験則に徴し相当とする。故に本願の商標「麻雀紙牌」の文字はその指定商品中「骨牌」については普通名称を表示したものに過ぎないので旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ。)一条二項に規定する自他商品甄別の標識としての特別顕著の要件を具備していないものと認める。なお抗告審判請求人は、本願の商標は請求人会社の製造販売に係る商品骨牌及びトランプ類の商標で昭和二二年一一月頃から使用し現在では取引者及び需要者間に周知著名な商標で且つ独創語であると主張するが、麻雀の牌を紙牌を用いてこれを行なうこともある現在においては本願の商標は単に商品の普通名称ともみられるものであるから右主張理由は採用できない。

三、しかるところ右審決は次の点で違法であつて、取り消さるべきものである。

(一)  商標「麻雀紙牌」を商品骨牌につき普通名称を表示したものに過ぎないとしたのは誤りである。

そもそも「紙牌」という名詞は現在は用いられない過去の名称で、元来は包装用「レツテル」類を指称する名詞であり、従つて「カード」と「紙牌」とは異る観念であるに拘らず、審決が、例えば『「カード」(紙牌)を使用し』とか、「トランプのカードと同じ様な紙牌を直感せしめる」とか、あるいは「麻雀の牌を紙牌を用いこれを行う」と述べている如く、「カード」と「紙牌」とは混同し、同一義に解し、同一品であると観念したところに根本的な誤謬があるのであつて、紙製の麻雀が存在しても、それは「麻雀カード」あるいは「麻雀かるた」と呼称せられ、原告の製品の商標以外のものは「麻雀紙牌」と呼称されていないのである。すなわち、「麻雀カード」または「麻雀かるた」が普通名称であつて、「麻雀紙牌」は普通名称ではないのに拘らず、商標「麻雀紙牌」の文字は商品骨牌については普通名称を表示したものに過ぎないから特別顕著性がないとした審決は誤りである。

(二)  右の如く「麻雀紙牌」の文字は普通名称ではなく、原告の独創した名称であつて、昭和一五年、六年頃から骨牌類につき商標として使用されており、原告以外の者がこれを使用した事実なく、すなわち原告のみが独占的に使用している商標であつて、取引者需者間において原告の商標であることが周知され、著名である。

(三)  凡そ商標の特別顕著性とは、商標がその指定商品につき世人をして特定人の営業にかかる商品たることを判別せしむるに足る表彰力を有することを指称するものであり、特別顕著性を要求するのは商標の誤認による商品の混同によつてもたらされる不正競争を防止するため商標により商品の区別を明確にしようとする趣旨である。またある語が指定商品の品質を表示する可能性があつても、その表示方法が一般に行なわれている事実がない限り、特別顕著性を有するというべきである。本願商標は、原告の独創した名称であり、原告のみが永年使用して来たものであつて、未だ普通一般に表示されている事実なく、従つて「麻雀紙牌」なる商標を付した商品骨牌類は、世人をして原告の営業にかかる商品であることを判断せしめる表彰力を有しており、商標の誤認による商品の混同を生ずることはないから特別顕著性あるに拘らず、これを否定した原審決は違法である。

四、よつて原審決の取消を求めるため本訴に及ぶ。

第三、被告の答弁及び主張

請求原因第一、二項の事実は認めるが、第三項は争う。

請求原因第三項(一)について。

原告は、一連に書かれた「麻雀紙牌」の文字から「紙牌」の文字のみを抽出して、独自に厳密な意義を述べ、これを根拠に立論しているところ、その「紙牌」には「紙のふだ」という意味もあるのであつて、その意味に使われているのであるから(もともと麻雀、かるた等は中国から伝わつたもので、その中国において紙牌といえば一種のかるたを指称するものである。)。「カード」と同じように解して何ら差支なく、そして一連に「麻雀紙牌」というとき、それは骨または合成樹脂に竹片を貼布した普通の麻雀牌に代えて紙製のカードを使用した麻雀牌を意味するものとするのが通常一般であつて、それが単に商品の普通名称を表示したものに過ぎないとした原審決は相当である。

同(二)について。

たとえ原告が昭和一五、六年来本願商標を商品骨牌類について独占的に使用し来つたものであるとしても、元来紙製の麻雀牌に「麻雀紙牌」の名称を用いることは、何人も自由に採択使用し得べきものたるべき普通名称の表示方法である以上、かようなものに原告だけの独占権を認めることとなる商標登録を許すべきものではない。

同(三)について。

たとえ本願商標が原告の独創にかかる名称で、営業上原告のみが永年使用し来つたものであるとしても、今日においてはそれは紙製の麻雀牌を直ちに想起せしめ、何人もそれ以外のものを観念しないものとして一般に表示されている名称すなわち普通名称となつているのであり、普通名称はあくまで普通名称であつて自他商品を甄別するに足る標識とはならない。

以上のとおり原審決には違法の点なく、原告の主張は失当である。

第四、証拠<省略>

理由

請求原因第一、二項の事実は当事者間に争がないので、以下本願商標「麻雀紙牌」が旧商標法一条二項にいう特別顕著性を有するや否やについて判断する。

現在紙製の麻雀牌が存在することについては、当事者双方の主張に徴し、その間に争なきものと認められるところ、「紙牌」の語がその本来固有の意義において何を意味するか、あるいはそれが中国において何も指称するか等のせんさくはしばらくおき、今日において一連に「麻雀紙牌」というとき、それは、前記の紙製の麻雀牌を直感、観念せしめるものであることは経験則上明らかであつて、成立に争なき甲第六ないし第八号証によれば、この種物品につき麻雀「カード」、麻雀「カルタ」等の呼称も用いられていることが認められるけれども、これら事実によつても、進んでこれらの呼称がこの種物品を指称するものとして、前記の直感、観念を妨げる程度に一般的、支配的なものとなつている事実はとうてい認むべくもない。してみれば、本願商標は、その指定商品中骨牌との関係においてみれば、単に商品の品質を表示するにすぎないものというのが相当である。原告は、指定商品の品質を表示する可能性のあるものであつても、その表示が一般に行なわれている事実がない限り、特別顕著性が認めらるべきであるというが、商品の品質を表示する名称は、それがすでに一般的に使用されている場合はもとより、そうでなくても将来は一般的に使用されるに至るべき可能性を多分に持つものというべきであり、この可能性を多分に持つものについて商標権の設定を認め、その権利者だけに独占的使用を許すことは相当でないものと考えられるところであつて、この意味からして、右のような可能性を持つものについては、永年使用による特別顕著性の認められるような特殊の場合の外は、その特別顕著性を認めることはできないものといわなければならない。

もつとも原告は、本願商標がそれ自体特別顕著性を有しないものとしても、「麻雀紙牌」の名称は、原告の独創にかかり、昭和一五、六年頃以来原告がその商品骨牌につき独占的に使用し来つたもので、取引者、需要者間において原告の商標であることが周知され、顕著となつているもので、いわゆる使用により原告の商標としての特別顕著性を具有するに至つた旨主張するので、この点について検討するに、<証拠―省略>を合わせ考えると、原告会社の前代表取締役にして現代表取締役の父である訴外井上寿三(昭和二六年一月一四日死亡)において昭和二二年一二月意匠を現わすべき物品たる「紙牌麻雀」の形状模様等について意匠登録を出願し翌二三年六月その登録を得たのであるが、あたかもこれと相前後する昭和二二、三年頃から原告はその製品たる紙製の麻雀牌に本願商標を付したものを訴外株式会社西口商店(もと個人営業)外数名の骨牌類販売業者に卸売し来つたものであることが認められると共に(中略)また右取引はその初期においては極めて微々たるものに過ぎなかつたのであり、昭和三〇年代に入つてしばらく経た頃からやや増加するに至つたとはいうものの、未ださほど大きなものとはいえない状態にあることも窺われるのであつて、以上認定の事実によつては、紙製の麻雀そのものの性質上その需要がそれほど大量なものでないことを考慮するとしても本願商標が原告主張のように原告の商品骨牌につき永年使用による特別顕著性を具備するに至つたものとはこれを認め難いところであつて(中略)、他に原告の右主張を認むべき資料は存しない。

以上の如くであつて、本願商標は指定商品中骨牌につき旧商標法一条二項に規定する特別顕著の要件を具備しないから、その登録は許さるべきものでない、とした本件審決は相当であり、その取消を求める原告の請求は理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条を適用して主文の如く判決する。(裁判長裁判官山下朝一 裁判官多田貞治 古原勇雄)

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